『Q.E.D.iff -証明終了-』13巻の見事さについて語る
Q.E.D.iff -証明終了-(13) (講談社コミックス月刊マガジン)
- 作者: 加藤元浩
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2019/06/17
- メディア: コミック
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『Q.E.D. -証明終了-』とは、ざっくり言うと、(ほぼ)毎回殺人事件が起こり、天才高校生が真相を解き明かすミステリー漫画である。
その続編にあたる『Q.E.D.iff -証明終了-』13巻の2話目の表紙がこれ。
下のカットに映っている男の子が天才高校生くん。
女性の方はこれまでの話で登場していない人物。
このシリーズを読んでいる人なら、もしくはある程度ミステリー漫画を読み慣れている人なら、この表紙を見ただけで「ああ、今回はこの女の人が犯人か」と分かる。
それどころか「きっとこの女性は突出した能力を持っていて、それによって主人公でも一筋縄ではいかないトリックを展開し、大きな犯罪を引き起こした割りにさして痛い目を見ることもなく終わるのだろうな」くらいのことは分かってしまう。
この手の一話完結型ミステリー漫画は、基本的に犯人が痛い目に遭うことで終わる。それは単に逮捕されるだけではなく、自らが望んでいたものとは逆の結果が発生していたことが判明したり、何か酷く尊厳を傷つけられるような台詞をぶつけられて、すごすごと退場するところまで含む。
が、稀に例外が登場する。名探偵役である主人公に匹敵する能力がある人物。主人公でも捉えきれない人格の幅を持っている人物。こうした犯人たちは、主人公が真相に気づいた時には既に姿をくらませていたり、逮捕されても当初の目的を果たした達成感の滲む清々しい顔で退場したりする。
今回もその「例外パターン」だということが、この表紙を見ればひと目で分かる。
キャラクターの見た目。表情。『特異点の女』というタイトル。全てがそれを物語っている。
一言で言えば、このキャラクターが痛い目に遭って終わるところを想像できない。
絶対に、因果応報の枠から抜け出ることを作者から特別に許された、いつものあれに違いない。
そう思って読み始めた。
すると、やはりこの女性が今回の主犯で、有象無象の犯人たちとは一線を画する知能を持っていて、主人公も翻弄され気味だった。
真相に辿り着いた時、というかトリックが終わった時にはもう姿が消えていて、どこにもいない。
「やっぱり」以外の感想がなかった。
いつだって、こういう犯人はそのスペシャルな能力で煙のように消えて、痛い目に遭うことがない。
最後の最後で主人公だけがどこへ逃げたか勘づいて、身近な人物にそれを話して、「刑事さんに教えてあげなきゃ!」「今さら追っても手遅れですよ」的な感じで終わるんだ。
そして、多くの読者はきっとそれで満足だし、だからこそ作者もこういう造形のキャラクターにはそういう結末を許すんだ。
全然違った。
犯人が消えたのは、特別な方法で姿をくらませたからではなかった。
ここまで語ってきたような、読者が“この手のキャラ”に対し密かに抱いている感情。まさにそういった類の卑俗な感情によって、消されたのだ。
恐れ入った。
自分のような読者の存在が知覚されていたことにびっくりしたし、作者が自覚的であることにも驚いた。
犯人が消え、はいはい痛い目に遭わないパターンねと思った時、もう痛い目に遭っていた。
いいのか?と思った。自分以外の読者にとって、これはアリなのか?
多分、いいのだ。表には出さないだけで、実は皆同じようなことを思っていて、作者にはそれが分かったのだろう。
また一つ、ここに脱構築が成された。
Q.E.D.シリーズは、たまにこのようなメタレベルの高い話を差し込んでくる。
推理ものの文脈を考えるとこいつはまず犯人候補から外れるぞという奴が普通に犯人だったり、『ツポビラウスキー症候群』の話も有名だ。
それを踏まえると、もっと警戒すべきだった。
今になって表紙を見ると、あまりにもあざとい。
表紙をひと目見ただけで分かると書いたが、完全に分からせにきている。
絵も、タイトルも、ミステリー漫画の例外パターンの概念そのものを形にしたかのようではないか。
特異点(とくいてん、英: singular point、シンギュラー・ポイント)は、一般解の点ではなく特異解の点こと[1]。ある基準 (regulation)を適用できない、あるいは一般的な手順では求まらない(singular) 点である。
このような露骨な誘導をしておきながら、そのまま終わるような単純なことをこの漫画がやってくるわけがない。
後になって冷静に考えればそうだ。だが、ネカフェで時間内に急いで読もうとしている状況では分からなかったし、恐らくゆっくり読んでいてもこんな方向から引っ掛けてくるとは予想できなかっただろう。
見事だ。